35年前、フランス、アルボワのジュネーさんのホテル(ホテル・ドゥ・パリ)で料理修行をしていたときに、今さかんに云われているスローフードを絵に書いたような仕事をしていたこのホテルが大好きで、10ヵ月程お世話になったことがある。野菜畑をもち、そのまわりに広い牧草地があり羊やヤギ、牛、馬、にわとりなどを飼っている。ホテルの残飯や野菜の「くず」をこの動物たちに食べさせ、糞尿と木の葉や麦わらで堆肥をつくり、野菜の肥料にするのである。ヤギの乳はチーズになり、その他、デザートの材料になる。放し飼いのにわとりの卵はおいしく、ボイルエッグで朝食には欠かせぬ ものであった。
この放牧地のまわりを囲むように流れの早い川があり、雪どけの水が流れをつくり、澄んでいて川マスなどが泳いでいるのが見えた。私の楽しみは、時間があるとこの小川の道を馬に乗って散歩することであった。時には馬にケリを入れ走りぬ けたこともある。この時、日本に帰国してこんなオーベルジュがつくれたらいいなーというのが、私の夢として残ったフランスの片田舎での生活であった。この夢が「三鞍の山荘」で実現したのである。
オープン当時はアクティ森のレストランとの二ヶ所での営業でしたが、昨年の夏、12年間お世話になったアクティ森からはなれ、念願のオーベルジュ「三鞍の山荘」だけの営業に専念することになった。
タイミングよく、マスコミ等のおかげで「スローフードの宿」として全国版で紹介され遠方からのたくさんのお客様を迎えることができた。何よりうれしいことは自然回帰としてリピートしてくれる方たちが多いことである。リピーターのなかにはこんなグループもある。彼女たちは女学生時代の同級生、この5年間、毎年夏になるとやってくる。最初の年はグループ(5名)の中のお一人が結婚されていて、この方の出産の前に記念旅行をということで御来荘。翌年の夏は元気な赤ちゃんが一人加わり、グループのムードが一変していた。次の年からは他の人も結婚、そして、出産。ついに5年目の今年は大人5人子供5人のご予約となった。お母様たちの間にお子様たちが割り込んでのにぎやかな食卓となる。並んでいるので誰がどの方のお子様とわかるが、入りみだれると親子の区別 がつかなくなる。母親の親しい人たちと子供心にわかるのか、お子様同士も兄妹のように仲がよい。
年上の子が下の子を可愛がるというなごやかな雰囲気である。食事中も実に楽しそうだ。1才のお子様も席を一度も立たずフルコースをしっかりと食べた。4才の男の子は食卓におかれた料理のにおいまでもかいで「にこっと」笑うのである。無理もない、なにしろお腹にいたときから「今井のフランス料理」を食べていたのだから…
今井の料理はフランスの古典料理である。フランスの調理技術を忠実に守り、日本の人たちに召し上がりやすくしてある。この料理を1才のお子様から100才をすぎた方たちまで時間をかけてフルコースを楽しんでいただいている。オーベルジュとはそんなところなのです。その昔、フランスで夢をみたことが、たくさんの方たちに可愛がられこのようにして実現できたうえ、さらにお客様の人生の物語がつくられていくと思うとこれほどうれしいことはありません。
開店したころ「泊まりにくい宿」として「全室禁煙」にして、部屋の中にタバコのにおいをつけなかったこと、「喫煙室」まで足を運んで守ってくれた愛煙家の人たちのおかげで、10年たった今「木の香りがする」とおっしゃっていただけること、さらに部屋の中に入ってくる木々にふれた空気がさらに香りを感じさせてくれるのと、「泊まりにくい宿」を「気持ちのよい宿」にさせてくれたお客様おひとりおひとりのお力添えである。
10年目をさらにのばし、数多い記念日をつくるよう努力していきたいと思っています。本当にみなさま、ありがとうございました。